院長ブログ
2021.12.19
進化医学の最後(進化心理)
なぜマイナス感情が残っているのか?を考えるときには
それがないとどうなるのかを考えてみればいいと思う。
不安がないと人はどうなるのだろうか?
強い感情=情動や記憶にかかわる扁桃体に損傷を受けると
人はむやみに他人を信じ、例えばキャッシュカードのナンバーを教えてしまうそうだ。
また、恐怖から学習しないので蛇やクモに手を出しては痛い目に合うらしい。
人間は「はじめ人間ギャートルズ」のような世界で何十万年と生活していた。
草むらが揺れたときサーベルタイガーがそこにいるのでは?と不安に思う人と、気にしない人がいたとする。
100回のうち99回が草むらがただ風に揺れただけだが、たった1回サーベルタイガーが自分を狙っていたとしよう。
100回不安に思う人が子孫を残せるのではないだろうか。
不安を感じる方が危険な状況から逃げ、将来的に同じような状況を回避できる可能性が高い。
抑うつは?どうだろう。
前の職場の時、当直や救急当番などの関係で3週間ほど休みなく連続勤務をしていた金曜日に午後の仕事の前にやる気が全くでない、やる気どころか心が全く動かないことがあった。
次の日は久しぶりの休みで好きなことをして過ごし、月曜日からはまた何事もなかったように働けた。
当時は自覚がなかったが、”抑うつ”症状だったのだろう。
そして今は、なぜあの時そういう症状が出たのかわかる。
”抑うつ”は自分の持つ資源を回復させるために強制的に体と心を休ませる、生存反応としてあるのだろう。
そして資源は体力に限ったことではない。時間や人間関係だって資源だ。
実現する見込みのない夢をあきらめたとき、社会や学校で他人に拒絶されたとき、心は痛くなる。体の痛みがこれ以上ケガしないように瞬間的に手を引っ込めさせ、同じケガを今後しないようにするためにあるのなら、”抑うつ”というある意味精神的な痛みは、自分の行動を見直し、人生を再考するためにあるのではないだろうか。実は目標設定が高い人ほどうつ病になりやすく、諦める能力を持つ人の方がうつにならない。希望というコインの裏側が”抑うつ”なのだろう。世の中はきれいには治まっていない。
ちなみに、脳内では体の痛みを感じる場所と心の痛みを感じる場所は同じ部位らしい。失恋には鎮痛剤が有効だったそうだ。
痛みや下痢が防御反応であると同様、マイナスの感情も原始時代で生きるための反応の一部なのだと思う。
単細胞生物の細菌は環境が悪いところでは芽胞となったり、集団で物質を産生し、その中で外敵から身を守って生きている。シンクのぬめりとかがそうらしい。
エサには近づくが、敵を避ける。この生きるための最低限の反応が感情の起源だという。
多細胞生物の人間も快楽には近づくけど、不快なものを遠ざけようとする。
生きるため、もっと言うなら自分の遺伝子を増やすため(子孫繁栄)に、最適な行動をとらせる強い動機となるように感情はあらかじめ無意識にインプットされているのではないかと思う。
だとしたら、感情を羅針盤に行動をとることは必ずしも幸福をもたらすものではない。のではないだろうか。
数週間前のこと、のどの違和感があり何か食べると窒息する気がして職場に行けない。という人が受診された。のどには問題はなかった。ちょうど感情の起源についての本を読んでいた頃なのだが、自分の考えがまとまっていなかったので”不安感を疑ってみては”とアドバイスすることしかできなかった。マイナス感情のもつ進化的な意味を知ることで、何かきっかけをつかんでくれたらと思う。
しかしまあ、不安は過剰になりがちだ。たとえ間違いでも100回逃げて1回でも助かれば、死ぬよりはコストは低い。現代はサーベルタイガーはいないのに、役には立つが行き過ぎてしまう警報装置は私たちに備わったままだ。それをどうしたらよいのか?を今は考えている。
考えがまとまったらまたブログに書く時もあるだろう。
(終わり)