院長ブログ

2023.05.07

「犬神家の一族」考

「一つ、犬神家の全財産並びに全事業の相続権を意味する犬神家の三種の家宝、ヨキ(斧)・コト(琴)・キク(菊)は次の条件のもとに~」の遺言状読み上げが有名なこの作品は、皆さんご存じの「犬神家の一族」です(えっ?知らない?)。
この「一つ~」は日本のエンターテイメント史における三大「一つ~」の一つであり(紛らわしいぃ)、後の二つは♪一つひとより力持ちぃ~♪の大ちゃん数え歌、そして「ひと~つ、人の世生き血をすすり~」の桃太郎侍である。ま、私が決めたのであるが。

参考までに「犬神家の一族」(以下「犬神家」)の大雑把なあらすじを書こう。(詳しいあらすじはウキペディアを参考にしてください)
信州の大富豪・犬神佐兵衛が死に、その莫大な財産が遺言によって相続される。いろいろな条件はあるが遺言状の中で優先順1位は野々宮珠世、2位が青沼静馬。佐兵衛の臨終に遺産欲しさに立ち会っている松子、竹子、梅子のそれぞれの子佐清(スケキヨ)、佐武(スケタケ)、佐智(スケトモ)の3人は同着3位。
相当の遺産分与を目論んでいた松・竹・梅子姉妹は「なんで犬神家の財産を関係のない奴らに」と怒りをあらわにする。実は相続権2位の青沼静馬は佐兵衛が年取ってからの愛人=青沼菊乃との息子で、菊乃と静馬を松竹梅が犬神家に入らないように赤ちゃんの静馬にやけどを負わせまでして追い出した過去がある。
そして佐武、佐智が殺されていくにつれ、野々宮珠世は若かりし頃の佐兵衛が心から愛したけれども妻にできなかった野々宮晴世との間にできた祝子の娘であることが明らかになる。つまり珠世は佐兵衛の実の孫だったのだ。さて、そこで犯人は。。。

「犬神家」について耳鼻科のホームページでありながら書く理由は二つある。
一つは私の好きな物件だから。この不埒な悪行三昧をGWということでお許しいただきたい。そしてもう一つはNHKでの「犬神家」2夜連続放送を見たからである。(以下ネタバレあり)
過去に何回も映像化されているが中でも、76’の市川崑監督、金田一耕助役が石坂浩二の「犬神家」がその中でも巨人であろう。この巨人を倒そうと、テレビでいろいろな「犬神家」が挑んだ。
金田一役でいうなら、古谷一行、トヨエツ、鶴太郎、稲垣吾郎などなど。でも76’の「犬神家」の前に「犬神家」なし、76’の「犬神家」の後には76’の「犬神家」しかない程の巨人ぶりであった。
だって06’には市川監督本人がリメイクしてしまったんだもの。
これはお笑いスター誕生でいえば、挑戦者をなぎ倒しチャンピオンになって売れているにもかかわらず、もう一度お笑いスター誕生にでるようなもので反則だと思う。
私としては今回も「今度はNHKが挑戦者か。ど~れ、見てやろう」のスタンスだ。
つまり、私にとって「犬神家」は、もう古典なのである。歌舞伎でいえば勧進帳のようなもので、「今度の弁慶役は団十郎か?吉右衛門か?」と同じように私は「松子役は誰だ?」となる。
松子だけではない、出演者の名前を聞き、竹子なのか梅子なのか、珠世、小夜子は誰かなど、ほぼ当てられる。今回で間違ったのは倍賞美津子くらいで、私の予想ではお琴のお師匠さん(76'では岸田今日子)だったのだが、金田一の下宿先のおばさんだった(76'では設定なし。古谷一行版では出てくる)。
挑戦者NHKは正攻法では挑んでは来なかった。裏犯人を佐清とする、ゲリラ戦を仕掛けてきた。76’古典では静馬の犬神家への復讐心と松子の佐清への愛情、この二つが時には手を結び、最後は”血”で”血”を争う、これこそが醍醐味だったにもかかわらず、挑戦者NHKは静馬はいい人設定で、不幸な生い立ちからくる”母”への慕情と、松子の愛情を利用したのが佐清で裏犯人としたのである。
これを勧進帳で例えてみよう。勧進帳のクライマックスは、関所で義経一行だと疑われ、その嫌疑をはらすために義経を棒で打ちつける。疑いが晴れ関所を通過した後、泣いて弁慶が「申し訳ないことをした」詫びる。義経は弁慶の気持ちを汲み、その労をねぎらう。一番いいところだ。ここで、義経が「な、俺の言うとおりにしたら関所通れただろう」と言うようなものである。涙も乾いてしまうだろう。これも時代なのだろうか。「シン・犬神家」ということで自分を納得させている。

ここで、遺言状に戻ってみる。優先順1位の珠世と2位の静馬で佐兵衛の血の濃さ(遺伝子)を比べてみよう。珠世は孫だから1/4、静馬は実の子だから1/2、血の濃さでは静馬の方が濃いのに優先は珠世になっている。佐兵衛ではなく、佐兵衛が心から愛した野々宮晴世の血の濃さでいうと珠世は孫だから1/4、静馬の母、青沼菊乃は晴世のいとこの子(原作に書いてある)だから1/32。佐清たちには晴世は入っていないから言うまでもなくゼロである。つまり、晴世率が遺産分配を決めていたといえるだろう。
佐兵衛の晴世へのゆるぎない愛を感ぜずにはいられない。とすれば遺言状は晴世へのラブレターともとれる。その、佐兵衛の愛に加え、松子の佐清への親子の愛。珠世の佐清へのピュアな愛。そう、「犬神家の一族」は愛であふれている映画なのだ。テーマ曲も「愛のバラード」ときたもんだ。菊人形の上に佐武の頭がのっていても、小夜子がウシガエルを撫でていても、決してオカルト映画ではないのである。
誰が何と言おうと傑作。