院長ブログ

2023.08.09

迷走神経(2)

身体の外でも内でも刻々と変化する環境に合わせて生命が維持されるよう自律神経は♪イッツ、オートマッチック♪に応じている。
スタッフが飼っているトカゲ(ハ虫類)のレオ君は彼女が帰ってきて電気をつけると、驚いてピタッとしばらく動かなくなるという。レオ君のこの行動は迷走神経が引き起こしている。ハ虫類の突発的な問題に動かなくなる作戦は、ハ虫類は無酸素状態でも10分以上生きてられるので、生き抜くうえで適応的な反応といえる。
一方、ホ乳類はハ虫類に比べて酸素をとても必要とする動物だから、数分も息をしていないと死んでしまう。だからこの作戦は生き抜くうえでは逆に致命的になってしまった。そこで、ハ虫類からホ乳類に進化したのに伴い、新しい迷走神経が発達した。
最新の自律神経の考え方では、ハ虫類までの迷走神経と、交感神経、ホ乳類になってから新たに加わった迷走神経の3つで内外の環境に応じているという。ハ虫類までの迷走神経は古い迷走神経で主に消化器に分布し、ホ乳類からの迷走神経=新しい迷走神経と区別されている。
この3つは進化の順番が、古い迷走神経→交感神経→新しい迷走神経なので、オン/オフの関係ではなくその役割には階級がある。当然最後にできた新しい迷走神経は残りの二つを指揮するような立場だ。内外の環境が安全と判断されるときは、新しい迷走神経が順調に作動し、この3つの神経が調和のとれたダンスしているように円滑に動いている。つまり生命が健康に維持されている。
内外の環境に問題が起り危険であると判断され、新しい迷走神経で処理できなくなってくると、交感神経が活発になりそれに向かって闘うか、そこから逃げるかという防衛反応が作動しはじめる。そして、生命が脅かされるほどの危険な状況にまでなってしまうと、古い迷走神経が作動する。古い迷走神経が防衛反応に陥った場合、心臓は止まり、血圧が下がり、動けなくなる。まるでトカゲのレオ君のように。
大きなトラウマを経験した人が「その時のことを覚えていない」というのは、”生命の危険”と身体が捉えたからで、生きるための適応的な反応ということだ。「なんで覚えていないの?」と聞き返すより、「それは古い迷走神経による防御で、身体が生命の危機と捉えた生きるための反応ですね」認めるのが、トラウマの回復へのスタートになるだろう。

(つぶらな瞳のレオ君。ホ乳類と違って、レオ君には新しい迷走神経の働きは無い)

注射で気絶してしまうのは、注射を生命の危機と捉え、緊急的に古い迷走神経が反応してしまうからで、正確には古い迷走神経の反射ということであろう。
注射と言う状況を比較的”安全”と捉えるか、”生死にかかわる”と捉えるかは、実のところ意識とは関係ない。日頃の診察では様々な”生死にかかわる”ポイントを知ることができて面白い。
同じ注射でも「予防接種のように身体に入るのは大丈夫ですが、採血のように血を抜かれるのは倒れます」と言う人もいるし、最近では子供の鼓膜の写真で血圧が下がり、倒れそうになったマッチョなお父さんもいた。こういうことから、起った出来事に一連の反応の核心があるのではなく、その出来事をどう全身が捉えるかによるのだ。
さて、ホ乳類には備わっている新しい迷走神経が、リラックスするにはとても重要な神経と言うことが分かった。では、新しい迷走神経に問題なく働いてもらうにはどうしたらいいのだろう?その答えを次回は考えてみたい。