院長ブログ

2024.01.31

ヘッドホン・イヤホン難聴について

人類が最初に起こした騒音は何だろう?正解は”打製石器を作る音”だそうだ。
洞穴の中で、石を打ち砕いて道具にしていただろうから、
夜に石器を作っていたら、きっと奥さんに「子供が寝ているから昼にやってよ」と怒られていただろう。それより、近所の人に頼まれて何個も作っていれば、石器を作る手を止めても”キーン”という耳鳴りがやまなかったのではないだろうか。。。人類初の”騒音性難聴”である。
文明が進めば騒音も変化していく。
カエサル(シーザー)の活躍したローマ時代(今から2000年以上前)は馬車の音がローマの静寂を妨げており、「昼間は馬車を走らせてはいけない」という法律ができる程だった。夜はどうしたのだろう?安眠できたのだろうか?
18世紀では、産業革命をきっかけに、職業と病気について研究したイタリアのラマツィーニは自身の著書「働く人の病」の中で、鍛冶屋がかかりやすい病気は難聴と指摘しており、耳を保護することを勧めている。
続く戦争時代の騒音は鍛冶屋とは比べようもないほど強大だ。アメリカの独立戦争では司令官が80発の砲撃後に完全に聴力を失ったという。司令官がそうなら実際の砲撃手は、、、想像するのに難くない。私も自衛隊員で砲撃訓練の後、騒音性難聴になった例を経験している。耳を守るイヤーマフがずれていたため、急性の音響外傷を受けてしまったのだった。治療したが結局聴力は戻らなかった。
私が学生だった30年前は、「騒音性難聴を疑う聴力を見たなら、騒音下での勤務状況を聞くように」と習ったが、産業医学の考えが浸透してか増加傾向にはない。
代わって現代は、レジャー騒音とそれによる難聴が増えている。
騒音は変われど、人の身体への影響は変わらない。音という振動のエネルギーを脳が認識する、つまり聞こえるためには、エネルギーを電気に変換しなくてはならない。水が落下するエネルギーを電気に変えるダムのようなもので、内耳は振動エネルギーを電気に変換している場所なのだ。急に巨大な音を聞いたり、長時間それなりに大きい音を聞くと内耳が傷つく。これが騒音性難聴の正体である。
音の大きさと、一般的な物音とレジャーでのさらされる音について図にしてみた。

内耳が傷つかないために、聞くことが許容される時間も分かっている。サッカーで有名になったブブゼラは最大125デシベルの強大音だという、許容時間は9秒で1試合は応援できない。115デシベルのロックコンサートでは28秒だ。イントロで出てこなくてはならない。
電車の中でヘッドホン・イヤホンを使って音楽を聴く場合、85デシベルから100デシベルの音にさらされていることになる。92デシベルの大きさだと、週に48分が許容範囲だ。さだまさしの「親父の一番長い日」は12分30秒の曲だからこれを選択すると1日に1曲も聴けやしない。
はて、どうすればよいのか?音を下げればいいのである。
WHOではレジャー騒音、特にイヤホン・ヘッドホンを使った個人オーディオ機器による難聴の危険について警鐘を鳴らしている。子供の場合、75デシベルの音量を週に40時間以上聞くとリスクが高まるから、①65-70デシベル(周りの会話が聞こえる程度)で聞く、②連続で聞かずに1日1時間程度にする、③音量を下げるためにノイズキャンセリング機能の付いたイヤホン・ヘッドホンを使う、が予防として勧められている。
最後に、慢性的な騒音で内耳が壊れた場合、治療法は無いことを予め伝えておこう。鳥の内耳は再生するらしいが、残念ながら人間の内耳は再生しないのだ。聴力は戻らない。
人生100年時代、若いときにゴリゴリに音楽をガンガン聴いていると、50代から難聴になり70代間近で補聴器を考えなくてはいけない。年を経ての難聴は認知障害のリスクが高まる。20~30年認知症で長らえるのは幸せだろうか?
ちょっとオーバーな話になってしまったが、まだ間に合うから、是非未来を考えて欲しい。