院長ブログ
2024.03.03
過去からの手紙
春は人や物が行きかう季節である。
だから私も「あ~ら、久しぶり」というスナックのママみたいなが言葉が増えている。
芭蕉は「草の戸も 住み替わる代ぞ 雛の家」と詠んで、奥の細道への旅に出た。やはり春には”夢はかけめぐる”程の思いがわく何かがあるのだろう。耳鼻科の診療所ではそれは”花粉”に相当するのかもしれない。
春一番が吹き、花粉症が始まる頃、20代の女性が診察室の中に入って来るやいなや「あの時はありがとうございます。おかげで第一志望の大学に入れました」と言う。はて?と内心とまどっていると、続けて「受験前に勉強の仕方が書いてある本を先生にもらって、それで無事に薬学部に合格しました」化粧をしアカぬけているその女性を4年前に戻してみると、めまいの女子高生がやっと浮かんできた。将来は大学院に進み、創薬に関わりたい!と話して、強い風に帰っていった。
開業して1~2年目の頃だったか。交差点で右折しようと横断歩道にいる小学生が通り過ぎるのを待っていたら、その小学生が「俺、お前のこと知っている」と私に向かって叫んだのだった。叫んだその子も、その子を連れてくるお母さんも、なんなら弟も私は知っていたけど、その子は私の顔を知っているのに、どこで知ったのかわからない様子だった。
数年前に社会人になった彼は毎年花粉の時期に受診する。勤務地が遠いので「薬は眠くならないほうがいいね?」「はあ」、「ところで薬は効果があるの?」「はあ」。今では無口な若者になってしまった。来年は昔を覚えているか尋ねてみようか?
沼津で開業して、14回目の花粉の時期をむかえている。定点観測のようなもので、今を診察する時は幼いときのイメージと重ねてしまう。このイメージは13年経った今の私には、過去から今を肯定してくれるもののように思える。子供の成長を見るのは、たとえ子供を持っていなくても心が温かくなる。長く続けることで与えられることもあるのだ。
そんなある日、「僕のことを覚えています?市立病院の時に手術してもらいました」「いくつの時?」「年長さんです」。いやね、さすがにひげ生えてピアスしてたらわからんよ!おばちゃんは。