院長ブログ

2024.07.04

メニエール病と気象

画家のゴッホが精神病院に入っていた頃、廊下に響く音や声に敏感であったという記録から、音響過敏や耳鳴りの苦痛から逃れるために耳たぶを切り落としたのではと推察されている。また、その頃のゴッホは手紙の中で、めまい発作にしばしば襲われると訴えていて、ゴーギャンとの共同生活が破綻する1888年12月に最初のめまい発作が始まり、翌年の7月、12月と発作を繰り返している。この年の6月に発表された「星月夜」では渦巻く波のように左から右へと浮遊する星々が描かれており、これはめまいの時の視覚イメージを表現していると言われている。
以上のような特徴、耳鳴り、繰り返すめまい、回転している視野、めまい発作の季節性や、多くの場合絵画や旅行による疲労の後であったという記録から、ゴッホはメニエール病だったと考えられている。
(星月夜)
メニエール病は難聴、耳鳴りを伴うめまいを繰り返す病気である。最近こそ、良性発作性頭位性めまい=耳石によるめまい、に主役の座を奪われてはいるとはいえ、ちょっと前まではめまいと言えばメニエール病では!?とよく聞かれたものだった。それほど患者さん界隈では有名だった。人口10万人当たりの有病率は大したことがないのだけど(糖尿病10%、メニエール病0.03%)。ただこの有病率が本当?と錯覚を起こす時期が今の梅雨の時期である。
メニエール病と気象の関係は以前より調査されていて、前線の通過や台風など、激しい気象の変化が発作の引き金になるとされている。ゴッホが発作を起こしがちだったフランスの7月と12月も気象の変化が激しい時期なのだろうか?(穏やかっぽいけどな~)
昔担当した”台風が来る前になるとめまい発作を起こす”患者さんは、仕事の関係で沖縄にしばらく住んで静岡より物凄い台風を経験したらめまいが無くなったと報告してくれた。これはもっとひどい環境に身を置くことで元あったひどさを克服するという荒療治で、時々メニエール病の人に披露してみるが、今までに一度も同意を得たことは無い。
なぜ?急にめまい発作に襲われるのだろう?メニエール病の発作とは肉体的な疲弊・精神的な緊張・睡眠不足などから自律神経失調がから内耳の働きまでも落ちた状態といえる。生物は無意識に自分の内部環境を維持しようとするホメオスタシス(恒常性)という大きな働きがある。体温や血糖値が一定なのは意識せずともホルモンや自律神経、免疫細胞が体の中で休暇も取らず働いていてくれているからだ。自律神経が失調状態になることはこのホメオスタシスに亀裂が入ることに他ならない。めまい、吐き気、冷や汗などは内部環境の崩壊の結果であるように思える。
だから治療も薬以外は生活指導が推奨されている。自律神経は無意識に動いてどうしようもない!と悲観的に考えるのは間違っている。自律神経を介し内部環境を意識的にコントロールできる方法が”呼吸”だ。横隔膜を動かす腹式呼吸で吐く息の時に体はリラックスするようにできている。生活指導の他にも呼吸指導が治療法として勧められる日も来るのではないだろうか。

ゴッホと同じくフランス人のメニエール氏が「脳だけでなく内耳が原因でもめまいを起こす」と発表したのが1861年。しかし、他の医者には受け入れられないまま翌年亡くなってしまう。それから5年経て、「やっぱり耳からくるめまいもある」と、それを発見したメニエール氏の業績をたたえ、内耳由来のめまいをメニエール症候群と名付けた。そして今では世界中にメニエール病は知られている。
ゴッホは1890年7月に拳銃自殺した。自殺の原因のひとつは、めまい発作と考えられている。死ぬまでは売れない画家だったゴッホの絵の一つである有名な「ひまわり」は日本には現在SOMPO美術館に常設展示されており、1987年の落札額は58億円だった。生きているうちに評価されていたら、めまい発作の頻度も減っていたかもしれない。