院長ブログ

2025.03.02

加齢性難聴

加齢による難聴の啓発CMが流れていたせいで、フジテレビ問題のさなか、私が考えていたのは”マッチ”こと近藤真彦のことだった。マッチは言う「きこえにくくなったら、スニーカーを履いて耳鼻科に行こう」と。
(私も会員ナンバーを持っている、耳鼻咽喉科学会が作ったポスター)
ところで、なぜ?文字が見えにくくなると、眼科には行くのに、聴こえにくくなっても放っておく人が多いのか?さらに、眼科で”老眼”と言われたら受け入れるのに、耳鼻科で”加齢性難聴”と言われたら憤慨するのはなぜか?おまけに聞こえが悪いことを、話す人のせいにする。これは本の文字が見えにくいことを出版社のせいにするようなもので、私は理解に苦しんでいる。

聴こえて会話をするためには、まず注意・集中力が必要だ。聴きたい人の声に注意を向けそこに集中できることが。
次に語彙力と推測力。先日、病院で若いスタッフとテレビを見ている時、その子が私に「ジュンジャパ?」と聞いてきた。”ジュンジャパ”なる語彙は私の脳にはなかったので、一瞬何を言っているかわからなかったが、画面の人の風貌で、「純(粋な)ジャパ(ニーズ)?」の意味と考えて「ジュンジャパ」と答えた。語彙力がなかったので一瞬聴こえなかったが、推測力でカバーの例である。
そして、入ってきた音情報を脳内一時的に保存し言葉に処理するワーキングメモリ。ワーキングメモリの大きさは一時的に貯蔵できる数字の数を考えるとよい。若いときは電話番号を覚えるのは苦もなかったが、ワンタイムパスワードの6桁の数字を覚えるのに苦労していないだろうか?
ここに挙げた能力は長く生きていれば自然に落ちるものだ。同じくらいの難聴でそろえた高齢者と若者では高齢者の方が圧倒的に脳での音の反応は衰えていた。
前回のブログで書いたように、音の脳への旅は一本道ではなく、途中で聴覚以外の領域とやり取りした情報を皮質に伝え、それで”聴こえた”になっている。音が耳から入っても途中駅に運ばれないなら、脳の正常な反応は生まれない。高齢者が抱える”聴こえない”本当の原因は聴力検査の結果だけではないのだ。加えて難聴になり、耳から入ってくる情報が減れば、脳にも影響が出てくる。難聴者は認知症になりやすい。
食べるもので体が作られるのなら、聴くものでも脳は作られる。聴力検査は改善できないが、脳は高齢でも改善できる。脳力を上げればいいのだ。
それにはやはり運動。脳は動くためにもあるから(過去のブログ参照)、ペアでそろえてもシングルでも、スニーカーを履いて耳鼻科に来た帰りは、早歩きして帰ろう!次に音楽。演奏は言うまでもなく、歌うことからだって。”スニーカーぶる~す”を今度カラオケで歌ってみるか!(歌ったことないけど)。そして究極の脳トレ=外国語の習得、”スニーカーぶる~す”=”sneakers blues”と調べてみた。英語学習を続けたら、play(遊ぶ)とpray(祈る)を聞き分けられるかしら?
水タコは水槽の中でその足をうねらせていた。私たちも五感を駆使し、”今”を把握しようとしている。その連続、何をして、何に注意を払い、何に時間を費やすかによって自分が作られていく。勝負は長い。